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アジア写真帳(中国)−1999年の東莞


アジア写真帳(中国)

 このページは、1999年に書いたものです。今の東莞市は完全に現代的な都市に生まれ変わっており、下で紹介している姿ではありません。1999年に書いたものを敢えてそのまま掲載しましたが、私は当時も次のように書いてます。

 「東莞市の都市化は、ここに来て急ピッチにすすんでいます。ちょうど、近代中国から現代中国へと変化していく過程を、この東莞市は我々に見せてくれています。それは、90年代前半に上海市や深せん市が辿った道であり、今後、中国内陸部を含め、各都市が辿るであろう道です。」

 今の東莞市を見れば、まさにその変化は中国の各都市が今後辿るであろう変化に違いありません。中国のこれからの変化をイメージしてもらいたいという趣旨で、以下、当時の原文のまま、掲載します。



 東莞市は、香港から深せん市を越えた所にある工業都市です。位置的には、深せん市と広州市に挟まれた感じになっており、よほどビジネスか何かで縁が無い限り、訪問することのない都市です。  
 この街の特徴は、第一に、香港に近いことです。直通高速バスを利用すれば、香港から乗り換え無しで(といっても、入出境の際には、バスを降りて手続きが必要。)約2時間の距離にあります。
 第二に、第二国境の外に所在していることです。すなわち、深せん市とは違って、中国人の行き来が制限されていないことになります。また、第二国境の外にあることで、地代や労働力など、コストが深せん市に比較して随分と安いことも特徴に挙げなければなりません。
 かつては、ライチの産地として有名だった東莞市も、広東省が貿易都市香港の生産拠点として脚光を浴びて以降、比較的安い生産コストという強みを生かし、主として香港や台湾系企業の生産基地として役割を果たしてきています。近年は、日系企業の進出も盛んでありますが、まだまだ数の上では劣勢です。
 東莞市の都市化は、ここに来て急ピッチにすすんでいます。ちょうど、近代中国から現代中国へと変化していく過程を、この東莞市は我々に見せてくれています。それは、90年代前半に上海市や深せん市が辿った道であり、今後、中国内陸部を含め、各都市が辿るであろう道です。
 今回、東莞市への訪問は4年ぶりです。4年ぶりに見た東莞市の普段着の姿を紹介していきたいと思います。上の写真は、市内屈指のホテル銀城酒店です。


 東莞市の人口は300万人から500万人といわれています。戸籍を移さないで居住している人々の数が不明だということで、こんな曖昧な数字になっています。市政府か何かに聞けば、ちゃんとした人口は分かるのでしょうが、それもあくまでも戸籍ベースでの人口であり、実在の人口とは異なるのです。誰も実際の人口を把握していないというのが東莞市の実情です。こうした戸籍を移さない人々の存在が、この東莞市をより混沌としたもの、魅力的なものにしているのだと思います。
 左の写真はホテルの屋上から撮った東莞市の風景。何の変哲もない街です。ただ、遠くにいくつかの新築マンションが見えます。これらは、外国人用でもあり、香港人のセカンドハウスでもあり、中国要人の住居でもあります。このようなマンションが建ち始めたところに東莞市の都市化の波を見ることができます。


 東莞市の街中の様子です。写真は東莞市内を歩く若者たち。99年の2月に撮影したものです。ファッションセンスは香港に隣接している割には今一つですし、むしろ、普通の中国の都市と変わらないといった方が良いかもしれません。


 何となく、台湾っぽいなと思って、シャッターを切った街角。ここ東莞には台湾人が数多く住んでいます。彼らの多くは台湾企業の東莞現地法人スタッフで、単身赴任している人も多いと聞きます。


 中国では、道路に向かってしゃがんでいる人が多い。このおばさんも、何を考えしゃがんでいるのでしょうか。東莞市の目抜き通りには、老若男女が道端でしゃがんで、道行く人を眺めています。とても、ネクタイ締めては歩けない街です。


 目抜き通りにあった食堂街。夕方5時前で、まだ夕食には早すぎて人々の姿は少ないようです。これから夕闇とともに人々が現れてくるのでしょう。どこにでもある中国の風景です。


 東莞市には工具屋などが多い。この一帯は何件も工具屋が並んでいます。この写真はそんな東莞市らしい街角のスナップです。


 道行く自転車運送屋さん。シャッターを切ろうと思ったら、随分と先に進んでしまっていて、後ろのリヤカー部分しか見えなくなりました。近距離の運送は、これが一番ローコストでしょう。久しぶりに中国に行くと、こんな風景も珍しくなってしまいます。
 まだ、こんな伝統的な中国が残っている街、それが東莞です。


 東莞市屈指の5つ星ホテル銀城酒店の向かいにあるコンビニエンスストア。場所柄、一般のお店に比べるとちょっと良いものが売られていました。
 看板にもある通り、セルフで選んでレジで精算するという形態の店ではありますが、店内に入ると、各キャビネットの列ごとに店員の小姐が立っていました。なるほど、万引き防止なんですね。確かに機械警備するよりも、沢山の人間を使ってでも人力で警備した方が安いかもしれないし、安心ですね。でも、そんなに人を使うのだったら、何もセルフの店にしないでもよかったのになあとも思ってしまう私です。
 ところで、コンビニエンスストアって、中国語では「便利店」というのですね。


 延々と続く自転車の列。
 よく見てみると皆さん同じ制服を着ています。彼女たちはどうやら、日本の某機械メーカーの現地法人の工員のようです。撮影日は日曜日だったので、この企業以外の大型工場は休みだつたのでしょうか。待てども待てども、同じ制服を着た女子工員さんの途切れることのない退勤ラッシュでした。


 目抜き通りにあるバス停付近。ウィークデイであれば、もっと混雑した風景なのでしょうかが、この日は日曜日。何とものどかなバス停風景です。


 昔、私が中国語が全く話せない時、こうした街角での公用電話を使うのがいやでいやでたまりませんでした。電話を借りる許可をもらって、使用後に料金を払う仕組みです。とにかく、言葉のできない人間が何かしようとしているのだから、電話を借りたいという意志があることくらい分かって欲しいのですが、なかなか係の人はそんな意志を理解してくれようともしません。
 でも、その係の人に電話を使いたい意志を伝えなければ、公衆電話は使えなかったのです。言葉を話せない人の気持ちを汲めない中国人が悪いのか、それとも、言葉も話せないくせによその国へ足を踏み入れる日本人が悪いのか、私はどっちだか分かりませんが、とにかく言葉は話せるに越したことはないので、その後北京語を勉強するようになった次第です。


 さて、こちらは新たに登場したカード式電話。 係の人との口頭でのやり取りは不要になったものの、果たして使い勝手の方は如何だろうか。まだ、私は使ってないので何とも評価できない状態にあります。


 この写真は、都市化の中での東莞市の社会の歪みを示しています。東莞は、香港から近いという「地理的特性」、地代・人件費が安いという「コスト特性」、中国人が自由に出入りできるという「労働力流動特性」などから、性の乱れが激しくなっています。この傾向は以前からあったのですが、最近ますますその度を強めています。
 この日、私が夕食後行った夜総会は、帝豪歌劇院(ROYAL OPERA)という超大型店。1階ステージ脇のテーブルには子供を連れた家族連れの客なども座っていましたが、ステージのナレーションが広東語であったことからすると、どうやら香港の客が多いようです。そんな何事もないような夜総会ですが、実は、中国各地から集まった300名を超えるコンパニオンが待機しており、彼女たちはお客さんに顔見せに回ったうえで、気に入ってもらえると横に付いて、話し相手などになってくれます(勿論、北京語しか話せない。)。お客さんに選んでもらえないと稼ぎにならないせいか、結構、若くて美人の女の子が多いのでびっくりしました。
 この夜総会で飲んだり歌ったり踊ったりするだけなら、その料金は香港のカラオケバーなどと比較すると、3分の1か4分の1です。勿論、彼女たちの一番の収入源は、お客さんとの店外デート。香港人・台湾人なども入り乱れての「東莞の夜」は、様々な面で社会問題化しています。


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