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アジア写真帳(上海):外灘(バンド)

アジア写真帳(上海)  

外灘(バンド Bund)は上海の観光名所 

上海の外灘(バンド)から見た浦東

  上海のシンボルというと、今は外灘(バンド Bund)から見る浦東地区の風景、特に、東方明珠塔なのではないでしょうか。上の写真は2015年5月に撮影したものですが、年々、いや毎月のように浦東地区には新しい超高層ビルが建ち、その風景がどんどん変わっていってしまいます。今では、未来都市のような風景がここには広がっています。

上海の外灘(バンド)からの浦東ビル群

 上の写真は角度は違うものの同じ外灘から2011年9月に撮影したもので、この3年半の間の変化が決して小さくないことを示しています。 2011年では一番高いビルの右側に、そのビルよりも3割くらい高いビルが新たに建てられているのも分かります。

上海:外灘から見る浦東(2004年) 

 そして上の写真は2004年に撮影したものですが、2011年との違いが分かるでしょうか。私が初めて上海に行った1992年の頃の浦東などは、まだビルが建つ前の状況でしたから、もう全く違う風景になってしまっています。
開発前の上海・浦東地区

 上の写真は"The Telegraph"から拝借した資料ですが、1987年の撮影だそうです。手前に外灘があり、黄浦江(川)向こうに浦東が見えますが、この時は当然ながら浦東には今の金融街の面影さえありません。浦東地区が浦東新区として開発指定されたのが1990年で、その指定を受けた時点では上の写真のように、上海では開発に取り残されていた地域だったのです。鄧小平さんがこの浦東新区構想をぶち上げたとき、私は何を戯言を言っているのかなどと、その実現の可能性など殆ど信じていなかったのです。

外灘から見た浦東の夜景(2010年)
 
 さて、外灘から見る浦東の景色ということは、最近は夜のほうが好きですね。ライトアップされた浦東のビル群が美しいということもありますが、それ以上に昼間は黄浦江越しの浦東が大気汚染が原因なのか霞んで見えるのです。夜ですと、まあまあきれいに見えますよね。一番上の写真はたまたま大変空気が澄んでいた日でしたので、嬉しくなって外灘に駆けつけて撮影したものです。
 外灘から見た浦東の風景や東方明珠塔のことなど、浦東については別のページで紹介していますので参照してください。ここでは、外灘について紹介していきます。



外灘の中心は和平飯店(Peace Hotel)

上海・外灘のビル群

 上の写真の緑の三角屋根をつけたビルが和平飯店北楼、昔のサッスーンハウスです。アヘン貿易で巨額の富を得て、かつての租界時代の上海経済を牛耳っていたサッスーンの本拠地でした。そもそも上海に租界ができたのもアヘン戦争後の南京条約で上海が開港させられたことに端を発しています。そんな意味からも、私は、この旧サッスーンハウスが外灘の象徴だと思っています。
 因みに、左のオレンジ色の装飾がされた建物が和平飯店の南楼です。

1891年の上海外灘

 上の写真は、19世紀の上海の外灘です。右が黄浦江で左が外灘です。
 「外灘」は中国語の言い方ですが、英語ではBUND(バンド)と言います。BUNDとは植民地だったインドで使われていた言い方で、埠頭とか岸壁のことを言います。その名の通り、黄浦江には船が横付けされ、今は遊歩道(プロムナード)になっている所では荷役作業が行われています。そして、今の中山東路があってその左に、二・三階建てのビルが建ち並んでいます。これがデント商会やジャーディン・マセソン商会といったイギリスの貿易商社の事務所だったのでしょう。

20世紀初頭の上海外灘

 今度は1930年代の上海外灘の写真です。上海の外灘、当時は共同租界と言われていましたが、この共同租界が最も繁栄していた時期でもあります。
 相変わらず黄浦江には船着場がありますが、外灘の主要建造物はほぼ姿を見せています。写真右奥に三角屋根の旧サッスーン・ハウス、真ん中辺りに時計台がある海関、その隣のドーム屋根の旧香港上海銀行(現在の上海浦東発展銀行)などが見えますし、中山東一路も大変賑わっている様子です。自動車の行き来が多いというよりも、センターラインの辺りが駐車場として使われているような感じです。




 和平飯店(緑の三角屋根をつけたビル)は2012年頃に大改修工事をしていましたが、今はもう営業を再開しています。一度中に入ると分かりますが、建物内の装飾も豪華です。一階にはオールドジャズを聞かせてくれるバーがあることでも有名です。


 和平飯店の中は新装され豪華になっていましたが、写真撮影不可です。代りに、外壁に刻まれている和平飯店の文字だけ紹介します。歴史を感じさせる入口です。

上海の和平飯店
 
 和平飯店の内装は撮影禁止かと思っていたのですが、2015年にたまたま行ってみると、撮影禁止というルールは変わらないのでしょうけど、ホテルの人に注意されることはありませんでした。
 上の写真はロビーに掲げられている銅版のうちの一つで、1900年代初頭の上海を描いたものです。恐らくはサッスーンハウスの時代からこのビルに掲げられていたものだろうと推測されます。

上海の和平飯店、ロビーの天井
 
 ロビーの天井はこんな感じです。最近の大改装でかなりきれいになりました。建設当時のデザインはそのまま生かされていると聞いています。

 

 和平飯店前の横断歩道を渡りながら南側を撮影したものです。トロリーバスの後ろのオレンジ色の建物が和平飯店の南楼で、奥に見える時計台がのある建物が上海海関(旧江海関)ビルです。
 トロリーバスもデザインを変えて現代的になりました。

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外灘のビル群に租界時代の上海を見る

上海外灘:中国工商銀行(旧横浜正金銀行)

 さて、2010年の外灘です。写真上は中国工商銀行(旧横浜正金銀行=日本興業銀行)など、和平飯店の北側の一角です。中国工商銀行のビルも1924年の完成ですし、この辺りの建物は、1930年当時と変わっていないのでしょう。

上海外灘:中国外匯交易中心(旧露清銀行)

 中国外匯交易中心(中国外貨取引センター、旧露清銀行上海支店)です。1901年に完成しています。小さいビルですが、ルネサンス様式でいかにもヨーロッパを感じさせる風格があります。
 
上海外灘:上海海関

 時計台が目立つ上海海関(旧江海関)ビルです。1927年に完成しています。隣にあるドーム屋根の上海浦東発展銀行(旧香港上海銀行)とともに、必見の建造物です。
 なお、後ろに見える屋上が花びらのように開いているビルは上海ウエスティンセンターで、2002年の完成です。外灘の風景にもう一つ合わないですね。


 時計台が目立つ上海海関(旧江海関)ビルとその左隣のドーム屋根の上海浦東発展銀行(旧香港上海銀行)は、昔の上海を彷彿とさせます。周りに現代的な高層ビルが建ち始めてきましたので、外灘の風情もいつまで残るのか、ちょっと心配になります。

上海浦東発展銀行(旧香港上海銀行)
 
 上海浦東発展銀行(旧香港上海銀行)です。立派ですね。一度中に入ってみたいと思いますが、残念ながらまだ機会を得ていません。

上海外灘:中山東一路

 外灘に沿って走る中山東一路です。延安東路より北が旧共同租界の範囲で「一路」になります。延安東路より南は中山東二路となります。少し漢字も写ってしまいますが、ちょっと見はヨーロッパの街ですね。

 上海・外灘の風景
 
 こんな角度から見ると、ますますヨーロッパです。上の写真は2015年のものですが、最近はビルの外装も綺麗になりましたから、見た目もずいぶんと良くなりました。

上海外灘の遊歩道

 昔、桟橋や荷役作業場だったところは、こんな感じで整備されていて、遊歩道になっています。遊歩道は旧共同祖界の北の端、蘇州河のガ-デン・ブリッジ(外白渡橋)から中山東一路に沿って続いています。
 遊歩道をどこからどこまで歩くかというと、北はガ-デン・ブリッジ(外白渡橋)から、南は旧共同租界の南端である延安東路の三叉路までがおすすめです。延安東路より南は旧フランス租界になりますが、建造物としては魅力が少し落ちますので、時間のない方はパスされたほうが良いと思います。
 なお、上海の租界の雰囲気を味わいたい方には、旧フランス租界の邸宅・洋館が並ぶエリアもおすすめです。

 外灘の遊歩道に登る


 上海観光に来た人たちが、まず間違いなく訪問するところがここ外灘です。外国人も目立ちますが、やはり多いのは各地から来ている中国人観光客です。上海に来て浦東の発展を見て中国のさらなる確信するのが、地方から来ている観光客の目的です。
 中国人観光客の増加とともに、この公園もずいぶんと拡幅されました。


 その中国人観光客は老いも若きも、みんな川の方を向いて写真を撮ります。川の向こうの浦東の発展をカメラに収めるためです。ここ外灘の拡幅は上海万博に間に合うように実施されましたが、それは外国人観光客のためというよりも、地方から出てくる大勢の中国人に上海の発展ぶりを印象づけるためだったのではないでしょうか。一党独裁の政治体制の中で、上海の発展・中国の発展を印象づけ、人民の不満を抑えたいとの意向があるのではなどと勘ぐってしまいます。

上海浦東の高層ビル群と東方明珠塔

 カメラのレンズの向こうには、こんな浦東の姿が眼に入ります。中国人観光客は、いずれ自分の住む街も発展の恩恵にあずかれるはずだという印象を持って、地元に帰るわけです。
 今、中国では地方間格差が問題になっていますが、もともと鄧小平さんは発展の象徴として浦東再開発を始めたわけで、浦東を手本として中国の地方においても同様の発展わ実現していくことが鄧小平さんの描いたシナリオです。現在の地方間格差という歪みは、程度の差こそあれ、ある程度想定されたものだったはずです。この間、上海の中国人が諸外国のビジネスに追いつき追い越せという思いで懸命に努力してきたことが、今の上海の発展を支えていると私は思います。中国の地方の発展は、それぞれの地方における人々の努力によってのみ実現できるわけで、バブルだけを真似たようなビジネスモデルでは果たしてうまくいくのだろうかと、私は懸念しています。

上海黄浦江
 
 こんな角度から見ると、満々と水をたたえる黄浦江に船が浮かび、かつてこの外灘に数多くの外国船が入り、輸出入が盛んに行われた時代を彷彿とさせます。

 
 では外灘はいつも混んでいるのかというと、そうでもありません。上の写真は5月のウィークデイの11時ごろのものです。ちょうど労働節(日本のゴールデンウィークと同じ時期にある中国の大型連休)が終わって一週間くらいでしたから、中国各地から来る観光客が随分と減る時期に当たります。空いている時期ということだけで言えば、この労働節(メーデーである5月1日がスタート)と国慶節(10月1日がスタート)の週を外して、その10日くらい後に行くのが、良いのではないかと思います。
 また、時間帯は午前中は比較的すいています。ただ、浦東方面を見る時に霞んでいる状況であれば行く価値は半減しますので、天気が良い午前中というのがベストのタイミングでしょう。


 さて、外灘を北の方へ行くと、中国光大銀行(旧インド・スエズ銀行=フランスの銀行の上海支店)があります。この中国光大銀行が外灘の北端です。


 その中国光大銀行ビルの前からさらに北を見れば、外白渡橋(ガーデンブリッジ)が見え、その左に上海大厦(ブロードウェイマンション=茶色のビル)が見えます。上海大厦は1934年のオープンで、ここから見ると周りを現代風のビルに囲まれながら、一つだけオールド上海の雰囲気を漂わせています。現在はホテルとして使用されていますが、黄浦江と蘇州河の合流点という眺めの良いところに建っていますし、最近改装されたそうですから、今度一度宿泊してみようかなと思っているホテルです。
 なお、外白渡橋(ガーデンブリッジ)は、かつて日本人が多く住んでいた虹口(ホンキュー)から租界に入る際に必ず通らなければならなかった橋で、当時の小説にはよく出てくる由緒ある橋です。


 こちらはザ・ペニンシュラ上海(上海ペニンシュラホテル)です。先ほど紹介した中国光大銀行の隣に2009年に建てられました。香港に住んでいたころはベランダのアフタヌーンティーを何回か利用させてもらっていたものですから、家族とともに上海でもアフタヌーンティーをしようという目的でやってきました。
 外灘に面している間口が狭いので、外灘からはあまり目立つ入口ではありません。


 ザ・ペニンシュラ上海の廊下です。なかなか豪華な内装で、客層も品が良い方が多いようです。私は街歩きの普段着ですので、ちょっと気が引けるくらいです。


 アフタヌーンティーを提供しているザ・ベランダが見えてきました。写真を撮れるのはここまでで、ここから先はチェックが厳しく写真が撮れません。
 さて、肝心のアフタヌーンティーですが、あいにく順番待ちの人が大勢だったため諦めざるを得ませんでした。香港のペニンシュラ同様に大変な人気があるようで、ある程度の待ち時間を覚悟して行く必要がありそうです。
 ザ・ベランダは二階まで吹き抜けになっていて、二階でピアノとバイオリン、チェロなどの弦楽が演奏されていて、上海の雑踏とは無縁のハイソサエティな雰囲気です。アフタヌーンティを楽しんでいる客層を見ると、観光客よりもむしろ地元上海のビジネスマン・ビジネスウーマンが多いような印象です。ここペニンシュラでも、上海の豊かさを感じさせられました。



 外灘の夜景

上海外灘の夜景:上海浦東発展銀行

 夜の外灘はライトアップされて、昼間とはもう一つ違った顔を見せてくれます。
 上の写真はドーム屋根の上海浦東発展銀行(旧香港上海銀行)と時計台が目立つ上海海関(旧江海関)ビルです。
 昼間とはまた違った魅力がありますね。

上海外灘の夜景

 中山東一路です。どのビルもきれいにライトアップされていて、昔の上海とは見違えるようです。人も大勢繰り出しています。上海の夏は特に蒸し暑いので、昼間歩くより夜涼しくなってから歩いたほうが体力的にも楽ですね。

夜の外灘遊歩道と浦東の夜景

 外灘の遊歩道(プロムナード)の夜です。
 夏だったので、むしろ、昼間よりも人が沢山出ています。浦東の東方明珠塔をバックにしたり、外灘の建物をバックにしたりして、写真を撮りあう中国人観光客であふれかえっています。
 外灘から見る浦東の夜景は、本当に綺麗ですね。

 浦東については、こちらで紹介しています



南京東路から外灘へと歩く

 

 外灘に行くときの最寄りの地下鉄駅は南京東路です。南京東路は南京路歩行街の東端に位置していて、南京東路駅から外灘までは歩いて10分弱といったところです。 その際に、最も一般的に利用されるルートは南京路を通って和平飯店(ピースホテル)に出るルートですが、私はむしろ、南京路を通らないルートを選択します。
 上の写真は旧三井物産ビルで、1903年に建てられたイタリアルネサンス様式を取り入れたレンガ作りの社屋です。三井物産は鉱物資源獲得などを中心に戦時下の日中貿易で大きな役割を果たしていましたが、その中心となっていたのがこの事務所です。
 この旧三井物産ビルは、福州路と四川中路の交差点にあります。

 

 蛇足ではありますが、旧三井物産ビルがある福州路・四川中路交差点は信号があるけれども、自転車や歩行者が信号を守らない典型的な交差点です。おまけに中国の自動車は常時右折可ですので、横断歩道の信号が青だからといっても安心して渡れない交差点です。交通事故に気をつけましょう。


 南京東路から外灘へ向かう際に南京路を通らないなら、おすすめは南京路の南側を走る通りをルートとして選ぶことをおすすめします。南京路の南側には順に、九江路、漢口路、福州路と続きます。上の写真は九江路ですが、この通りを歩くと正面に東方明珠塔が見えます。
 
  ずっと昔に流行った「夜霧のブルース」の歌詞に
  青い夜霧に 灯影が赤い
  どうせ俺らは 独り者
  夢のスマロ(四馬路)かホンキュー(虹口)の街か
  ああ 波の音にも 血が騒ぐ
というフレーズがあります。ここに出てくるスマロ(四馬路)は上海にある大通りの名前で、今の福州路です。当時、南京路が大馬路と呼ばれ、そのすぐ南を走る九江路が二馬路、三番目を走る漢口路が三馬路と呼ばれ、福州路は4番目を走るのでスマロ(四馬路)と呼ばれていました。因みに、馬路は大通りの意味ですが、当時は馬が走れるほどの道幅があれば大通りです。

 
 
 おすすめするルートとしては、福州路が一番でしょう。先ほど紹介した旧三井物産ビルのほか、上の写真の旧アメリカ・シティバンクビルもあります。このビルは確かにアメリカ風のビルですね。因みに、シティバンクは今でも中国ビジネスで確固たる地位を確保していますが、1980年代には今の和平飯店のビル(外灘にある緑のトンガリ屋根のビル)を上海支店として利用していたこともあります。

 
 
 この福州路は上海に租界が置かれていた頃の事務所ビルが連なっていて、ノスタルジーを感じながら歩くことができます。建物や並木が日陰を作ってくれますので、南京路を歩くよりも風景に変化があるし涼しいのでおすすめなのです。
 租界時代の事務所が残っているエリアがこの外灘とその周辺ですが、当時の住宅が残っているのはフランス租界と言われるエリアです。興味のある方は、こちらも散歩されると良いと思います。
フランス租界1:東平路・汾陽路
フランス租界2:復興公園周辺
フランス租界3:復興西路周辺

 
 
 手入れはあまり良くないですけど、当時としてはかなり大きなビルだったのが上の写真の福州大楼(福州ビル)です。福州路と江西中路の交差点にあります。当時としては立派なビルだったのでしょう。

 
 
 また、このエリアでも当時のマンションが残っていて、今も住宅として利用されているビルが少なくありません。バルコニーのデザインなどに当時の面影が残っています。
 福州路や漢口路あたりを歩いていると、こんな風に昔の租界時代の面影を見ることができるのです。

 
 
 ついでの話ですが、さきほど福州路は4番目を走るのでスマロ(四馬路)と呼ばれていたという話を書きました。スマロ(四馬路)は売春宿やアヘンがあふれる歓楽街で、「夜霧のブルース」の歌詞を改めて見ると、なるほど当時の日本軍人のやるせない気持ちがあふれています。
 その歓楽街があったのは今の南京東路駅付近の福州路で、現在はその面影さえもありません。老舗の杏花楼があるのはちょうどその辺りで、広東料理や飲茶などを楽しみながら当時を偲ぶのも良いかもしれません。杏花楼の飲茶は美味しくて雰囲気が良いのでおすすめです。

 
 
 三馬路と呼ばれていた漢口路には三馬路酒楼があります。ここはオールド上海をイメージしたインテリアが魅力的な上海料理レストランで、ここも私のおすすめレストランの一つです。
 外灘から南京東路まで歩いて戻ってきたら、これらのレストランで食事をとるのも良いと思います。


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