広州の沙面と沙面公園|アジア写真帳

広州の沙面と沙面公園


沙面島とは


 広州は、宋代や元代の昔から南洋貿易の拠点だった街で、清代半ばからは対外貿易が許される清国唯一の港として発展した街です。その時代、外国の公館などの設置は広州にしか認められず、外国人の保護・隔離を目的として清国は広州市内に外国人居住区を設置していました。それが沙面島です。
 その後、広州は第一次アヘン戦争中の1841年にイギリス軍に占領された後、第二次アヘン戦争(アロー戦争)を経て、戦勝国であるイギリスとフランスに租界地を設置することを余儀なくされました。その租界地が沙面島で、沙面島の西部がイギリスの、東部がフランスの租界地となったものです。このように近代以降の広州は欧米列国にとって、のどから手が出るほど欲しい注目の街だったわけですが、その背景には広州が中国における唯一の貿易港であったということと、広州市内を流れる珠江の港が天然の良港として欧米諸国から評価されていたことがあります。

 写真上は沙面大街という沙面島を東西に走る大通りで、広い公園のようなスペースに銅像が幾つも設置され、あたかもヨーロッパの街のようです。

 
 東洋の魔都といわれた上海のようにスケールの大きな建物は少ないのですが、今でも、沙面に行くと上海の外灘ほどではないものの、ヨーロッパのような街が広がっているのはこうした歴史によるものです。


 沙面島は小さな島ですから、道は大変分かりやすくなっています。
 沙面島を東西に走る道路は三本で、北から沙面北街、沙面大街、沙面南街という順番です。隣接する西関から来る場合はイギリス橋を渡って沙面北街に出るわけです。そして、南に歩くと、一番上の写真にある沙面大街があり、さらに歩くと沙面南街にぶつかるわけです。
 上の建物は沙面南街にあるドイツ領事館だった建物です。この建物のように、高さは中層なのですが、ルネッサンス様式で小洒落た建物が多いのです。


 沙面南街を少し歩いていくと、上の写真のように沙面賓館というホテルが出てきます。後ほど紹介する沙面公園の近くにあります。このホテルは、勿論、今でも宿泊することができます。南国らしい街並みがこのあたりの特徴です。


 沙面賓館の隣にある欧風の建物は旧デビッド・サッスーン商会事務所ビルです。デビッド・サッスーン商会は、アヘンの販売で巨大な富を築いた商社として知られています。なかなか洒落たビルですね。
 現在、この建物の一階では、一般的なレストランが営業しています。


 上の写真は旧日本領事館です。同じ沙面南街の東側(フランス橋の方向)にあります。現在は一般の会社事務所として使用されています。
 旧日本領事館の前では、ちょうどグラビア写真の撮影風景です。何故この建物の前で撮影しているのか良く分かりません。沙面にはもっとそれらしい建物はいくらでもあると思うのですが、‥‥。



新婚写真撮影風景


 写真撮影といえば、沙面で良く見かけるのが新婚さんの写真です。
 もともと中国人や香港人、というか、華僑を含めた中華民族には、記念撮影好きな人が多いと私は感じています。私は以前香港に数年間住んでいたのですが、その頃も何か会合があると、カメラを持った人が何人も出てきて沢山の写真を撮って後日配ってくれます。新年会だったり誕生日パーティーだったり、単なる食事会のときでさえ、とにかくパチパチパチパチ写真を撮られます。
 そうした写真好きな民族ですから、結婚写真にかけるエネルギーとコストも日本人とは桁が違います。


 何組ものカップルがこうしてプロのカメラマンに記念写真を撮ってもらうために待っています。日本ですと結婚の記念写真は式場で何枚か撮るだけなのですが、屋外で何枚も撮るのが中国流です。沙面のあちこちで写真を撮って回るのです。ですから、私たちのような観光客が沙面をぶらぶらしていると、とにかくあちこちで写真撮影中のカップルを見かけることになるのです。


 そして、極めつけは、ポーズのとり方です。上の写真のポーズは相当におとなしいものですが、私だったらとてもできないようなポーズで写真を撮ることもしばしばです。
 もう一つ上の写真で撮影を待っていたカップルがここではポーズをとっていますが、新郎も新婦の真剣な顔つきは別人のようです。写真撮影時のポーズの付け方なんかも、日本人と中国人の大きな違いですね。


 こういったラブラブの写真を広州旅行の時に撮りたいのであれば、沙面には上の写真のようにそういった専門店が幾つもありますので、それらの店で依頼することもできます。但し、予約の入り具合により当日受付の当日撮影ができないときもありますので、その点はお含み置きください。

 新婚写真の紹介ばかり長くなってすみません。
 また、沙面の観光に話を戻したいと思います。



沙面を歩く


 今度は沙面大街をフランス橋から、東から西へと歩いてみましょう。
 すぐに目立つのがフランス・カトリック教会です。派手さはないですが、瀟洒な協会です。


 フランス・カトリック教会の中国名は天主教露徳継母堂といいます。ここは、写真を撮る観光客が多いですね。


 沙面大街をさらに西へ歩くと洒落た洋館がいくつも並んでいるのですが、そのなかにスターバックスの店があります。沙面の街並みにスターバックスというのは、意外にマッチしますね。


 このスターバックスのテラスに座って、差面大街の雰囲気に浸るのも良いものです。沙面の街をぶらぶらしたときには、必ず立ち寄ってしまいます。広州の喧騒とは無縁の、沙面のハイセンスな雰囲気を味わいながら、一息つくのです。


 さて、スタバで一息ついたら、また沙面大街をぶらつきます。やはり目立つのは外人さんです。観光客もいますが、広州在住の外国人の姿も多いのではないでしょうか。沙面大街は、道路の真ん中が公園のようになっていますから、地元の人にとっては格好の散歩道なのです。


 沙面島の南北には沙面一街から沙面五街まで五本の道路が走っています。上の写真は沙面三街です。沙面三街と沙面北街との交差点周辺には、いかにも広州らしい銅像が沢山あります。


 欧米の商人と商談する中国商人の像です。中国商人は算盤をはじいています。
 清の時代の中国商人ですから、髪も辮髪(清の時代は清への服従を示すために漢民族も一部を残し髪を剃りあげるよう強要された)です。清代も半ば以降は、外国との通商はここ広州で行われていたことは先に書いた通りです。


 こちらの二人の子供は、いずれも西洋人です。龍などのお面を持って遊んでいる姿です。ここ沙面島には一時イギリスやフランスの疎開地となった歴史があることは既に書いた通りですが、その当時はこうした外国人の子供たちも沢山住んでいたことでしょう。


 バイオリンを弾く外人の像です。足の動き等を見ると、これはクラシック音楽ではなくジャズかカントリーの曲を弾いているように見えますが、アメリカ人の像なのでしょうか。何故ここに設置されているのかを含め、ちょっと意味不明な像です。



沙面公園


 沙面公園は沙面島の南側、沙面南街の通り沿いに、沙面南街と珠江に挟まれる感じで広がる公園です。広州市民の憩いの場として人気のある公園で、太極拳をしたり、ダンスをしたり、バトミントンをしたりする人々で、朝から賑わいます。
 上の写真は沙面公園の入口です。


 この沙面公園の中にも銅像がいろいろ作られていますが、沙面の街中が西欧人をテーマにした銅像が多いのに対して、沙面公園は中国人をテーマにした銅像が多いような気がします。

 これは、楽しそうに遊ぶ子供たちの像です。
 背景に建つ瀟洒な建物は、旧サッスーン商会事務所ビルです。


 こちらは小鳥の世話をする親子です。
 広州や香港には愛鳥家が少なくなく、毎朝愛鳥を鳥かごに入れて集まる飲茶屋や公園があったりするほどです。そんな中国人の家庭をモチーフにした銅像です。


 これが珠江です。珠江沿いには写真のような道が広がっていますが、珠江の対岸は普通の住宅街ですから、眺めが良いとか見晴らしが良いとかといった所ではありません。
 むしろ、朝の沙面公園では、のんびりと朝の時間を楽しむ地元の人々の暮らしを垣間見れる場所だと思います。


 これは朝の公園で、羽根蹴りを楽しむ人々です。大体5・6人で輪になって、バトミントンの羽根みたいなもの(専用品が売られています。)を蹴って回していく遊びです。私はまだやったことはありませんが、結構難しそうです。上の写真のグループでは、あまり回数は続かなかったですね。


 写真上にあるように、朝の沙面公園では音楽に合わせてダンスをするグループがあったり、太極拳をするグループがあったりで、大変賑やかです。中国の都市ではどこでもそうなのですが、こうした朝の公園に出かけてみると、楽しく生きる中国人の姿を見ることができます。
 海外旅行で名所・旧跡を訪ねるのも良いのですが、こうしたその地に暮らす人々の生活を肌で感じるのも海外旅行の楽しみの一つです。広州旅行の際には、一日くらい朝早起きをして沙面公園あたりを散歩してみたら如何ですか。

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