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北朝鮮国境の街、丹東の観光−アジア写真帳(大連)

(2015年4月5日以来)

北朝鮮国境の町、丹東の観光|アジア写真帳DANDONG

中朝国境の街、丹東



 丹東は中朝国境にある中国側の街です。丹東の街と対岸にある北朝鮮の新義州とを隔てているのは、鴨緑江です。
 もともと鴨緑江には、道路と鉄道の2本の橋が架かっていました。手前に見えるのが第二橋梁で1943年に満鉄により架けられたもので、向こう側にあるのが第一橋梁で1911年に韓国により架けられたものです。朝鮮戦争時に中国が参戦したため、この2本の橋は米軍に爆破されてしまいましたが、第二橋梁は後に修復されて鴨緑江大橋と名付けられました。
 鴨緑江大橋は、自動車と鉄道の併用橋で、鉄道に関しては今でも週4編成の列車が通行しているそうです。道路については、多くの物資が行き来して、まさに北朝鮮の生命線ともいえる橋です。


 二つの橋の間から見ると良く分かります。
 左が第二橋梁(今の鴨緑江大橋)で右側が第一橋梁です。
 因みに、観光客もこの橋を渡って行き来することが可能です。中国人には一日ツアーの人気が高く、誰でもそのツアーに参加して北朝鮮内に入ることが可能です。因みに、2013年6月現在、650元程度(日本円で約1万円)ですから決して安くはないのですが、人気はあるようです。
 一方、北朝鮮からは誰でも中国に入れるというわけではなく、一定の社会的地位を持った者やその家族だけが通行を許されているのではないかと考えられます。いわゆる脱北防止です。


 第一橋梁は北朝鮮側の部分が米軍の爆撃により破壊されたままになっています。橋が切れているので「断橋」と呼ばれています。日本人も含めて旅行者は断橋の端まで歩いていくことが可能です。そこまで行けば、北朝鮮内もよく見えると思いますが、後ほど説明する通り、私はボートなどで北朝鮮領土内を十分に見ましたので、敢えて断橋を歩きませんでした。
 橋の向こう側に観覧車が見えます。労働公園に設置されている観覧車です。動いているか否かは不明です。


 ホテルの部屋から見た北朝鮮です。船が停泊しているのは鴨緑江を走るフェリー乗り場です。背後に4階建ての建物がいくつか見えます。思っていたよりも北朝鮮に建物が建っているのでびっくりしました。


 丹東は国境の街ですから本来ならば貿易の街であるべきなのですが、昨今の中朝関係も手伝ってか、貿易の街というよりも観光の街になっています。上の写真は第一観光フェリー乗り場です。鴨緑江大橋を挟んで両側に観光フェリー乗り場があって、鴨緑江を15分から30分程度遊覧し、北朝鮮領内に近づきます。このフェリーにも日本人は乗ることができます。
 しかしながら、鴨緑江大橋付近は北朝鮮の兵士が見張っているため、北朝鮮側では一般人の姿は見ることが難しいようです。ましてや、観光客の姿など見えるはずもありません。また、建物なども観光者に見られることを意識して、敢えて他にはない立派なものにしているなどという噂さえあります。


 後ほど紹介する通り、鴨緑江大橋から少し離れると、北朝鮮領土内は畑や荒れ地になってしまいます。
 一方で、中国側の丹東は超高層マンションが建ち並び、街がめざましい発展を遂げています。市民の生活にはゆとりがあり、朝の鴨緑江公園(鴨緑江沿いにあります)では、太極拳をする人や体操をする人、新体操のリボンで周りを魅了する人や、大音響の音楽に乗りダンスをする男女などであふれます。
 このような丹東の発展を対岸の北朝鮮の人々はどう見ているのでしょうか。いや、見ることが許されているのでしょうか。


 丹東の街の特徴の一つに、韓国・朝鮮のレストランや物品販売店の多さが挙げられます。上の写真の付近にはずらりとハングル文字の店が並んでいます。


 もっとすごいのはこの店で、北朝鮮グッズの販売店です。右側に見えるのは北朝鮮の紙幣セットで紙幣価値の何倍・何十倍の価格で販売されています。他にも北朝鮮のタバコやや陶器といったものが、恐らくは何十倍もの値段で売られていて、それでもよく売れています。
 丹東観光の一番人気のお土産は北朝鮮グッズなのです。


 ホテルの部屋から見た鴨緑江です。手前が丹東で、向こう側が北朝鮮の新義州です。
 ご覧のとおり、こんなに近いのです。だからと言って、北朝鮮を見て楽しいのかという疑問はありますが、謎の多い国なので見てみたい人も多いのも確かです。
 丹東の街の詳しい様子はこちらのページで紹介していますので、このページでは丹東周辺の観光地を紹介していくこととします。実はそれらの観光地も、「北朝鮮が見える」が集客のための歌い文句なのです。



鴨緑江のボートで北朝鮮領土に大接近



 北朝鮮領土に近づくだけが目的なら、断橋の一番先まで歩くか、鴨緑江大橋近くの遊覧船乗り場から船に乗れば達成できますが、北朝鮮の人たちや住んでいる家などを見てみたいという場合は、鴨緑江大橋からすぐ離れたところから船に乗る必要があります。
 私たちもも鴨緑江大橋近くの散策時に声をかけられた旅行エージェントに連れられ、鴨緑江大橋から5qほど離れた船乗り場から、ボートに乗りました。上の写真は私たちが乗ったボートと同形のものです。


 このボートは北朝鮮領土の5m先位まで近づいたり、軍の施設があると少し離れてみたりしながら、鴨緑江を走ります。モーターボートなので揺れが大きい点が写真を撮る私にとっては不満ですが、とにかく私たちが見たいところを探して連れて行ってくれるのは助かります。
 上の写真は農作業。牛がリヤカーを引いています。畑のはずなのですが、随分と荒れた畑に見えます。牛が痩せているのは農作業をやらせるためで、農作業をする牛はそもそも痩せているので、これを見て牛に与えるエサが不足しているなどとまで断定するのは行き過ぎです。


 川べりでたたずむ女性です。
 この日は6月中旬で気温は20度以上あったので、私たちは半袖のシャツを着ても暑かったのですが、この女性は長袖のしかも厚手のジャケット風のものを着ています。農作業をしているのですから私たちよりも汗をかいたと思うのですが、この服装には違和感があります。
 彼女の後ろには籠があります。自宅からこの籠を背負って農地まで歩いてくるのでしょう。籠の横にあるのは、ボートからは荷物のように見えましたが、写真を見ると男の人が横たわっているみたいですね。彼女のご主人でしょうか。


 北朝鮮の子供たちが私たちのボートに声をかけてきます。何かを欲しがっているのかも知れません。ここにいる子供たちは、自分の国の貧しさを中国と比較してわかっているのですが、それが何に起因しているかについてはまだわからないに違いありません。また、それがわかる歳になれば、すでに思想教育で染められた心が、グローバル・スタンダードを拒否するようになってしまうかもしれません。
 国境を監視する兵士については何度も見かけましたが、絶対にカメラを向けないようボートの運転手から注意を受けていましたので、写真はありません。ただ、その国境を監視する兵士の中にも、「煙草を一本くれ!」と中国語で叫ぶ者が何人もいたことは、今の北朝鮮軍の末端での組織の緩みを感じさせるものでした。


 鴨緑江の中州にある北朝鮮側の建物です。立派な住宅が並んでいると思ったら、ここは将軍だそうです。一般の北朝鮮の人とは全く無縁の建物なのです。
 そして、さらに驚いたことには、これらの立派に見える建物にはガラスがなかった(今はあるかないか分からない)そうです。そこで、丹東対岸の新義州に中国が援助してガラス工場を作った(対岸から見ることができます)のですが、これが稼働しているか否かがわからない。だから、今、これらの将軍別荘にガラスが嵌め込められたかどうかがわからないということでした。
 また、写真は撮りませんでしたが、途中、女性二人が鴨緑江で髪を洗っていました。北朝鮮では、飲み水も鴨緑江の水をそのまま飲んでいるそうです。そんなボートの運転手の説明の中に、北朝鮮の人々の追いつめられた貧しさが強く感じられた30分間の遊覧でした。

 詳しくは、丹東から船で北朝鮮見学のページをご覧ください。



虎山長城から北朝鮮に大接近



 万里の長城というと日本人なら誰もが北京を思い浮かべますが、万里の長城は北京だけでなく「万里」に築かれた防衛のための城で、秦の始皇帝が築いた長城が時代の変化とともに、長くあるいは多重に増強されている歴史があります。
 ここ虎山長城は、1469年に明の政府により女真族への防衛線として築かれたもので、1990年代に発掘され、その後の専門家による考察などを経て、2009年に国から正式に万里の長城の一部であるとの認定を受けたものです。


 ということで、虎山長城は最近整備された長城ですので、大変歩きやすくなっています。北京周辺の長城に比較すると観光客も少ないですから、長城を見るなら穴場ですね。左側が女真族の領地方向で、弓が打てるようになっています。右側は明の領地方向ということになります。


 下の方にある砦から見る風景です。歩きやすいと言っても、上の写真にあるように山の頂上に砦があり、その砦まで行って反対側に下りるというコース設計になっていますから、かなりの体力を必要とします。


 ところが、この虎山長城にも「北朝鮮が見える」コースがあります。長城の入口を入って二つ目の砦を過ぎたところから左に入ると、「一歩跨ぎ」という北朝鮮領土が目の前にある場所に着きます。
 上の写真の川を渡ったところは、もう北朝鮮領土なのです。北朝鮮軍兵士の監視がなければ、簡単に脱北できてしまう場所なのです。この「一歩跨ぎ」からこの川に沿って、北朝鮮領土内が見え続けるハイキングコースができているのです。


 上の図は、この虎山長城の案内図です。どうやら正しくは、まず、左下の入口から9号砦、8号砦の順に歩き、2号砦(3号砦が山の頂上です)から長城歴史博物館に下り、そこから緑色の矢印に沿って、北朝鮮領土を見ながら「一歩跨ぎ」まで歩き、8号砦と7号砦の間で長城のルートに合流し、入り口に戻るというもののようです。
 3号砦は山の頂上ですから、北朝鮮側を遮る物なく見渡せるようなのですが、私たちは、このルートを取らずに、「一歩跨ぎ」から北朝鮮との国境沿いを逆回りに歩き体力を消耗してしまったので、博物館から外の平坦な道で戻ってしまいました。
 でも、この長城はかなりハードコースで長城を登ってから北朝鮮側ルートを歩けるかというと、それも疑問ではあります。因みに我々のルートで約2時間歩いていますから、本当に一周したら4時間コースです。丹東からこの虎山長城までがタクシーで30分弱ですから、半日では戻ってこれないルートということができます。


 さて、話を戻しましょう。「一歩跨ぎ」から北朝鮮国境ルートを取ると、すぐに北朝鮮の農民の作業風景が目に入ってきました。7人が手に鍬を持って作業中です。作業効率は悪そうです。対岸の丹東では農作物も大きく育っているのに、北朝鮮側では猫の額のような農地にこれだけのマンパワーをかけても農作物の成長が劣っています。肥料とテクノロジーの差でしょうか。


 それはさておき、北朝鮮国境ルートは川沿いの崖づたいに吊り橋あり、階段あり、岩の間くぐりありのハードな道が続きます。この写真でいえば、右側にずっと北朝鮮領土が続きます。運動靴が望ましいですが、そうでない人も歩いています。それから、女性はスカートはやめた方が良いでしょう。


 北朝鮮の農村です。すべて平屋建ての他物です。窓が殆どない建物です。近くで見ないと分かりませんが、かなり古そうな建物です。また、電柱などないですから、電気のない生活をしているのは間違いありません。丹東の鴨緑江大橋向かいの新義州市街地でも、夜になると明かりが殆どありません。この農村に電気がないのは当然ともいえます。
 農家の集落の奥に川が見え、それを超えたところに二階建ての建物が見えます。何かの工場かもしれませんが、このコースはガイドがいないため分かりません。

 ということで、虎山長城も、長城を見に来たのか北朝鮮を見に来たのか分からないレポートになってしまいました。つくづく思いますが、長城も体験できて北朝鮮も見れるという欲張りなコースがここ虎山長城なのです。好きな人にとっては、一日かけても価値があるかもしれませんね。
 詳しくは虎山長城と一歩跨ぎのページをご覧ください。。

 


朝鮮料理も食べられる三千里



 丹東に来たら、夕食はやっぱり朝鮮料理を食べたいですね。ということで、この日選んだレストランは北朝鮮が経営している三千里というレストランです。従業員は全員(?)が北朝鮮人で、北朝鮮国内では素性の確かな人だけが来ていると言われています。丹東の街のにぎわいを見ても脱北したりしない筋金入りの共産党員とその子女が働いているわけです。


 レストランに入ると生簀があって、ここから素材を選び調理方法を指示しながら注文します。北朝鮮の水産の素材というと、アサリなどの貝類や蟹が頭に浮かぶのですが、その他にもウナギやナマズといったものもありました。特に、ウナギは大きくて脂が乗っていそうなので思わず注文してしまいました。メニューにもこうした水産物の素材を使った料理が載っていますので、言葉ができなくても写真付きメニューを指さしすれば注文できます。


 私たちはこの日4人でしたので、7品注文しましたが、詳しくは後日アップロードすることとして、このページではいくつか代表的な料理だけ紹介します。 
 まず、アサリのスープです。大きなあさりがたくさん入っています。アサリのダシを十分に生かしたさっぱりした味付けです。昆布のダシも効いていて、何か日本で食べるアサリスープのような味付けです。美味しいです。朝鮮料理というと唐辛子の入った辛い料理を思い浮かべますが、これは意外な味付けです。


 そして、ウナギのかば焼きです。肉厚のウナギです。一口食べてみると、これは「鰻」と日本語の漢字で書かないと失礼に当たる美味しさです。山椒こそふりかけないものの、味付けは日本の鰻の蒲焼に似ています。期待通り、脂が乗っていて美味しい鰻なのです。日本のスーパーなどで売っている中国産のウナギと違って骨もなく食べやすいです。これまた、大満足の料理です。


 朝鮮料理らしい写真も一枚だけ載せておきます。キムチの盛り合わせです。盛り付けもきれいですが、味も筋金入りの辛さで満足です。

 この三千里というレストランは朝鮮料理と中華料理の美味しい料理を食べさせてくれますが、それ以上に魅力的なのが、チマチョゴリを着た若い「喜び組」のメンバーのような女性がそれぞれのお客さんの部屋に来て、五曲程度歌って踊ってくれることです。この歌が喜び組のような素晴らしい声量の歌で、北朝鮮にいるかのような錯覚に陥ります。因みに、この日歌ったのは、ハングル語の朝鮮の歌3曲と中国語の歌4曲で、私が日本人であることに気付いたため「北国の春」の中国語バージョンも歌うというサービスぶりでした。このチマチョゴリを着た女性の写真は制限されているため、このページに載せられないのが残念です。

 というわけで、中朝国境の町、丹東は、大連からバスで5時間くらいかかるので遠いですけれども、見どころ豊富でまさに「観光の街、丹東」になっていました。

丹東について、もっと詳しい情報は次のページをご覧ください
丹東の街  丹東から船で北朝鮮見学  虎山長城と一歩跨ぎ




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