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呉軍の砦と赤壁塔-金城の陣(三国赤壁古戦場)


三国赤壁古戦場 Top


 三国古戦場には、赤壁の時代の呉軍の砦が再現されています。ここも三国赤壁古戦場の見所の一つといえるでしょう。真夏の時期だったこともあって観光客が全くいませんので、かえって静かにこの砦を見ることができました。
 上の写真は砦への入口となる橋で、橋の先には砦の城門が見えます。


 三国赤壁古戦場の砦のなかでの見所の一つは、金城の陣です。金城の陣は十重、二十重に防御線を作って城の中にまた防衛措置を作る小城郭、落とし穴、狼の牙のようにとがった扉など、難攻不落の陣として知られています。


 この橋の先には食料や武器を蓄えている倉庫があったところです。戦争中の兵站の確保は軍の生命線ですから、城の中のまたその奥に、幾つもの防衛線を作って確保していたのです。このテーマパークでは、その兵站倉庫に位置するエリアは、土産物屋として使用されています。


 赤壁塔と呼ばれる物見の塔。7階建ての高さがあります。もっともこのような塔を作るまでもなく、赤壁には、赤壁山と南屏山、金鸞山という3つの山がありますので、この山に登れば対岸の曹操軍の動きは手に取るように分かったはずです。
 が、このテーマパークの全景を見るにはこの塔に登るのが一番です。また、赤壁塔に登れば悠々たる長江の流れも一望できるのは分かっていたのですが、何と言っても8月の赤壁の暑さの中ではこの塔を登る気力が生まれてきません。残念ながら、下から眺めるだけの赤壁塔でした。




 これは恐らくはこの時代の攻城兵器の一つである衝車ではないでしょうか。衝車は上の写真の通り、背の高い攻城兵器で車の上に櫓を配置している車だと聞いています。前の車輪が壊れていますが、実際には櫓の周りを盾で覆いながら城壁に近づき衝突し、ある時ははしごを立てて城壁を乗り越えたり、ある時は衝車に丸太をつけて城壁を破壊したり、というような形で活用されたと聞いています。まさに攻城用の戦車として使用されていたのだと思います。


 砦の中にあった食料品店。入口の両脇にある彫像が赤壁らしくてかわいいです。とにかく暑いので、ここで水分を補給です。こことてエアコンは入っていませんので、決して涼しくありません。お店の店員は大変親切で、扇風機に当たれと私たちに一台しかない扇風機を独占させてくれます。


 そんなに親切にしてもらっては、水以外のものも買ってあげないといけないかなと店内を見渡せば、「張飛牛肉」という商品の大きなポスターがあるではありませんか。確か三国志の中では、張飛は「桃園の誓い」の楼桑村近くの琢州で豚肉屋をやっていたのではないかな、確か井戸で豚肉を冷やしていたのではないかな、などと記憶が蘇ってきます。(この辺りの話は、姉妹ページの劉備の故郷、桃園結義の「楼桑村」で記載しています。)


 張飛牛肉というのは、ビーフジャーキーのようなもののようです。下に置いてあるのが辛い味付けの商品で、上の棚に陳列されているのが通常の味付けの張飛牛肉です。興味はあったのですが、ちょっと大きすぎるので買うのはやめました。


 上の写真は、砦の長江寄りの所に繋がれている実物大の呉軍の船です。この日は、長江の水量が多く、この船にも乗ることはできませんでした。普通はこの船に乗ることもできると聞いています。せっかくの赤壁旅行だったので、当時の船に乗れなかったことは悔やまれます。


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三国赤壁古戦場 目次

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赤壁古戦場への行き方
神武台と周愉閲兵(孫子の兵法「道天地将法」)
長江と赤壁石刻  呉軍の砦と赤壁塔
諸葛亮が東南の風を祈った拝風台
鳳統がいた鳳雛庵  三国志の英雄たちの彫像

武漢と赤壁のグルメ
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蔡林記の熱干麺  赤壁の食堂で昼食

三国志遺跡シリーズ
諸葛孔明の子孫が住む村「諸葛八卦村」
劉備の故郷、桃園結義の「楼桑村」
三国志の聖地、成都武候祠

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