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西安の観光とグルメを紹介しています。 

       華清池は楊貴妃のための離宮

華清池は玄宗皇帝が楊貴妃のために造営した離宮

西安の華清池

 華清池は西安市街から東へ約30キロ行った郊外の驪山(りざん)のふもとにある有名な温泉池です。兵馬俑博物館に行くバスに乗れば、その途中にあります。周の時代から三千年以上の歴史がある温泉地だそうですが、この華清池が有名なのは。唐代の玄宗皇帝と楊貴妃のロマンスの場だったからです。
 まず、楊貴妃について簡単に紹介しておきましょう。楊貴妃は中国の四大美人(楊貴妃、西施、王昭君、貂蝉)の一人とされる一方で、玄宗皇帝を惑わせ、玄宗皇帝が政治を顧みずに酒食に溺れるようになり、ついには内乱まで起こってしまったことから、「傾国の美女」とも言われています。もともとは玄宗皇帝の息子の妃だったのですが、玄宗に見初められ玄宗の高級に入り、ついには皇帝の妃という地位に登りつめた女性です。因みに貴妃というのは正式な妃としての称号です。
 唐の時代には豊満であることが美人の条件だったそうですが、まさにそうした肉体を持ち、音楽や舞踊に優れていたとされています。そうした魅力が玄宗皇帝を惑わせたのでしょう。

踊る楊貴妃と玄宗皇帝

 華清池の入口にあるモニュメントです。踊っているのは、もちろん玄宗皇帝と楊貴妃です。華麗な踊りを見せてくれています。

傾国の美女、楊貴妃

 楊貴妃、美人ですね。しなやかな体躯や表情が素晴らしいです。

玄宗皇帝と楊貴妃

 上とは逆から見ると、玄宗皇帝の表情も見えます。いくら美人の妃を持ったからと言って、政治をおろそかにして酒食に溺れてはいけませんね。楊貴妃と玄宗皇帝のロマンスについてある程度持ちつつこうしたモニュメントを見ると、玄宗皇帝が楊貴妃との恋に溺れた場面が目の前に浮かぶような気がします。
 しかし、玄宗皇帝がスマートすぎますね。もっと太って貫録十分だったのではないかと私は思うのですが。


 華清池の敷地面積は85,560㎡あります。その敷地内に建物や庭園などが広がっています。東京ドームのグラウンド部分は13,000㎡ですから、その6倍から7倍といった広さです。そんなに広くはありません。上の写真は庭園です。



 華清池を散策する


 華清池の温泉の跡は1982年4月に偶然発見され、考古学研究科等の協力を得ながら整備をし、1990年に公開されました。園内を巡ると、温泉跡以外がすべて新しいのはそうした理由によります。
 華清池は、その後の国共合作のスタートとなった西安事変の舞台で、1936年に蒋介石が張学良などに拉致・監禁された場所でもあります。1936年は当然ながら中華民国の時代ですが、当時の建物もおおかたこんな様子だったのでしょうか。


 なお、建物については清代に建てられていた建物をもとに再建したと聞いています。したがって、華清池の建物や池の配置や風景は、清代の時の華清池をベースに再現されたと考えて良いと思います。そういう意味では、温泉以外には大したものはありません。そんな園内を看板の矢印をもとに、温泉の方向へと進んでいきます。

 
 
 温泉の所に出てきました。いくつかの浴場の他物が建てられています。これらの建物も清代調です。その中央に楊貴妃の像が建てられています。楊貴妃の像の向こうに人だかりがありますが、あそこからは温泉が出ていて、観光客が美人の湯で顔や手を洗ったりして楽しんでいます。

楊貴妃像、西安の華清池

 楊貴妃の像です。等身大よりも大きくて、台座を入れると3mくらいあります。多くの観光客はこの楊貴妃の像の周りで記念写真を撮ります。私も楊貴妃とのツーショットを撮ってもらいました。
 写真をクリックすると新しいウインドウに楊貴妃の像の大きな写真が現れます。



楊貴妃の温泉は美人の湯


 楊貴妃の像の周りにある建物を見て回りましょう。
 まず、貴妃池と書いてある建物です。「池」という字には温泉という意味がありますので、この建物内にある温泉が楊貴妃の専用だった温泉です。実際には唐の時代の温泉跡が発掘された後に、清代の仕様で建物が建てられたということでしょう。

 
楊貴妃のための温泉

 意外と小さいお風呂で3.6m×2.7mのサイズです。「海棠の湯」と命名されている通り、海棠の花の形をしています。楊貴妃が一人で入った温泉の跡です。大理石でできていたようです。温泉に降りる階段が入浴する楊貴妃の姿を想像させます。
 「海棠の湯」が発掘された後にこれを復刻し、これを囲むように建物ができていますが、温泉のサイズに比べて建物が大きすぎるような気がします。これでは冬の季節はさぞ寒かっただろうなどと心配してしまいます。

 
 当時の華清池の様子を描いた絵です。ちょっと見づらいかもしれませんが、上の絵の真ん中少し左側に冠をつけた楊貴妃の姿が見えます。豪華絢爛な当時の様子がこうした絵から容易に想像できます。


 上の写真は蓮華湯の建物です。 蓮華湯は玄宗皇帝のお風呂です。


 蓮華湯は10.6m×6mのサイズで、楊貴妃の「海棠の湯」に比べると3倍から4倍の大きさです。こちらも大理石造りだったようです。 玄宗皇帝専用の湯ですから、このくらいのサイズはあったのでしょう。
 建物の外側は綺麗ですが、日本人から見ると内装は質素な気がします。当時は珠玉で飾られていたのでしょうから、もう少しそれらしい内装にできないのかと思ってしまいます。

 
 

 上の写真は星辰湯と言われる温泉の内部です。18.2m×5mとかなりの大きさです。この星辰湯は、唐の太宗である李世民の時代に皇帝用の温泉として作られたもので、湯船は北斗星をイメージして作られたとされています。太宗は唐王朝二代目の皇帝で、 初代皇帝の父を援けて各地を転戦し隋をはじめとした群雄を滅ぼしたのちに二代目皇帝になった人で、善政を敷き唐王朝の基礎を作ったとされる名君です。そうした大英雄が作った自分専用のお風呂ですから、こんなに大きいのでしょう。プールとしても使っていたのでしょうか。
 因みに、太宗の在位期間は626年から649年で、第四代皇帝てである玄宗の在位期間は712年から756年です。唐は618年に興り、690年から15年間は武の時代になりますが、その後705年に復活し907年まで王朝として君臨しました。日本が遣唐使を送っていたのは、唐の建国から894年までですから、当然ながら太宗の時代も玄宗の時代にも遣唐使を送り、中国の技術や文化を吸収していたことになります。




 華清池の温泉の源泉温度は43度、沢山のミネラルを含み、美人の湯としても知られています。と言うよりも、楊貴妃も使っていたから美人の湯として名高くなったとも言えます。中国の王朝は代々ここ華清池を温泉場として利用していたようです。
 その価値ある温泉を、観光客は無料で使うことができます。楊貴妃も使っていた美人の湯ですので、当然ながら女性の観光客がこの周りに群がるわけです。なお、ここの温泉に浸かりたいという方は華清池の周りにあるホテルなどに時間貸の湯がありますのでそれを利用することができます。但し、こちらは有料です。

    
西安の華清池にある楊貴妃像 

 というわけで、華清池というのは見るべきものは温泉跡だけです。それと、敢えて言えば当時から変わらず湧き出ている温泉を使うことができることでしょうか。
 それだけではあるのですが、遠く唐の時代の楊貴妃の姿を想像しつつ、皇帝のロマンスに思いを馳せるのは、西安旅行ならではです。大して見るものはないなどと一言で切り捨てずに、ぜひ足を伸ばしてもらいたい観光地です。

楊貴妃の舞い(西安・華清池) 

 上の写真は華清池の入口近くにある踊る楊貴妃です。楊貴妃は傾国の美女として、唐を混乱に陥れた女性ではありますが、 ここ華清池では楊貴妃が主役です。楊貴妃の魅力をこの華清池で感じてください。

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